音が変わるタイミングを考えてみる

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今日は,CD制作から再生にいたるまでで,音が変わるタイミングを考えてみることにします。
単に思いつきで何となく考えてみただけなので,結論めいたものを示すつもりは毛頭ございません(爆)。
いわば,単なるメモ書きです。一緒に考えてみたい方は,コメントいただければ幸いです。

▼変わるタイミング
(1)録音するスタジオで変わる
    ↓
(2)収録方法で変わる

(3)録音するマイクで変わる
    ↓
(4)ミキシングで変わる
    ↓
(5)マスタリングで変わる
    ↓
(6)プレスで変わる
    ↓
(7)個々のディスクの状態で変わる
    ↓
(8)再生する装置で変わる
    ↓
(9)再生する環境で変わる

▼留意すべき点
○ユーザーはマスター音源を聴く機会がない。
 →ユーザーは「原音」のなんたるかを判断しえない(主体性の危機)。
 →「色づけ」の有無とはどの段階を基準に言っているのか?

○ユーザーは収録方法を知る術がない。
 →個別収録だとして,「原音」とは何か?

○ユーザーは収録過程で使用された機材を知る術がない。
 →知ったとしてその機材を使用しなければならないか?使用するべきか?

○音質追求に対して主体的になるべきか,ならざるべきか。
 →原音再生か再生芸術か

○発売後のCDまで気にしているアーティストが何人いるか

▼各論
○スタジオ
プロがピンキリであるのと同様,スタジオもピンキリ。
音響特性は一概には論じられない。

○収録方法
マルチマイクかシングルマイクか,個別録音か全体録音か。

○ミキシング
ミキシングエンジニアの感性。
ミキサー卓の音を前提とした調整。
個々の楽器,ボーカルのバランスの調整による収録時点からの変質。
架空の合奏,架空の響き。

○マスタリング
マスタリングエンジニアの感性。
プロデューサー,ディレクターの感性。
コンプレッサー,ファイナライザーの通過。

○プレス
プレス会社,プレスマシンの環境,個体差。

○個々のディスク
傷の有無,表面の状態。

○装置
言わずもがな。

○環境
部屋の構造,機器のセッティング,湿度等。

音が変わるタイミングを考えてみる」への9件のフィードバック

  1. hyro

    ども、hyroです。

    なかなか答えを出しにくいテーマですねw

    ワタシとしては、やはり原音を忠実に復元する術はないのではないかと考えています。完璧なA/D・D/Aが存在しない以上、そもそも”復元”という表現も怪しいですねw

    デジタルレコーディング技術に関しては、確かにDSDの登場によって革新的な進化を遂げたのは事実ですが、現在の再生装置ではまだまだDSDの本質を再現できていないように思います。また、録音時のマイクが完璧なトランスデューサでないことも明記しておかなくてはなりません。

    特に個別録音では、その”時間軸の整合性”もとれていないうえに、それをミキシングで合成してしまうのですから真の意味での”空間情報”を再現できないでしょう。これを記録したメディアをオリジナルと定義しなくてはならない以上、このオリジナルデータの周波数・強度・位相の各観点から原音を捉えようとするのはかなりの難題であるように思います。

    原音再生という安易なテーマを掲げたファイルの方々も多いのですが、デジタルデータにおけるそれはそもそも存在するのか否かさえ疑わしいものです。

    返信
  2. えるえむ

    >hyroさん
    こんにちは。コメントありがとうございます^^

    生音を録るには,まだまだ現在の技術をもってしても難しい部分がたくさんありますね。マイクもそうですし,スピーカーもそうでしょう。
    アナログ時代より遙かに性能が向上したと言われるデジタル時代においても,難しい問題は多く残されているようです。妙に自由な分,元々収録された音からかなりかけ離れたミキシング・マスタリングもされる場合もあることでしょうね。

    オーディオファイルが絶賛するCDの中には,音の鮮度は高いけど音色がおかしいものやピークが潰れたものもあるようで,なかなかどうして,制作サイドの意図をきちんと把握している人は多くないのかもしれません(苦笑)。

    「原音」というのは,やはり制作者の感性にゆだねられた世界であって,リスナーの手に届かない幻想ではないかと感じています(手に届いた時点で一般的なリスナーの定義から外れるでしょう)。
    「原音」を限りなく求めていくと,基準がリスナーの手を離れて制作者の意見が絶対になってくるので,それを良しとするのであればよいですが,自分の趣味として楽しんでいる私には,それではちょっと遊び要素が少なすぎます…。

    まぁ,原音再生を標榜されるオーディオファンの方々も,私よりずっと多くのことを考えた結果そのような立場にたたれているのだとおもいますので,何を基準にしているのか大変興味があるところです。

    話がちょっとずれますが,私にとって,FM Acoustics社の機器は,収録現場で実際はこう鳴っていたのではないかと思わせるような生っぽい音色に聞こえて,とても魅力的です。それは私の主観に基づく妄想の生音が聞こえてくるという状態に過ぎないわけですが,私にとっては至福の時なのです。

    文字で音を伝えるという,非常に困難でかつ不正確になりやすいことを長い間続けているわけですが,読み手には書き手の基準が見えない以上,書き方には細心の注意を払うべきだと思います。私も何度も修正を加えつつ書いていますし,日々暗中模索です(涙)。

    返信
  3. Falio

    めずらしく こちらに書き込ませていただきます。

    まじめに考えていくと一冊の本にもなりかねないテーマですね。

    原音再生を可能とする方式については、ダミーヘッドマイクロフォンとインナーイヤースピーカーの高性能化しかないと思います。

    再生芸術の必然性を導く要素についていうと、まず生とオーディオでの音量の違いが考えられます。 家庭内の音量でダイナミックレンジの大きな音楽を楽しむには、スケール感や音楽の聴き所の誇張は有効な手段と思われます。

    次に視覚的な違いで、生では演奏者が見えているのに対し、オーディオでは見えていません。 生では音像定位など全くなくても、音は必然的に見えている演奏者に(記憶の連続の中で)定位します。 それが出来ないオーディオ再生においてステージ感の誇張は有効な要素となると思えます。

    音楽の内容によっても、生よりオーディオに有効な要素があると感じるものもありますね。 印象派の音楽は音の絵とも言えるものだと思いますが、生ではちょっと複雑な和音が、ホールの間接音に阻害されて聞き分けづらいところがあります。こういったものは、直接音主体のオーディオの音の方が聴きやすいとも感じられるのです。

    これらの料理のミソというか原料としては、

    録音が生音に較べ、指向性マイクを適当な位置に配置することにより直接音の割合を多くとっている、

    というところにあるんではないかというのが個人的意見です。

    自分の頭の中でも理想は二元化、二つに分裂していて、一つは直接音主体の特徴を
    生かして、複雑な和音の描き分けと好みのステージ感に優先度を置いた再生。
    もう一つは思い切り歪や響きも加えて、エネルギーのコントラストをリアルに出す事により、演奏者の実体に迫ろうという再生。

    なんか風呂敷をひろげた感じがありますが、これはあくまで妄想の中の理想で、好みの方向に近いものをちまちま選びながらやっているのが現実です(汗

    返信
  4. hyro

    >FM Acoustics社の機器
    あれは素晴らしいメーカだと皆さんが口を揃えておっしゃるのを良く耳にします。ワタシは未だ実機に巡り会ったことがなく、その音も想像の域を出ません。これはワタシの幻想ですが、多分それほど物理的特性を自慢げに表に出さない性格なのでしょう。一音一音がきちんと音楽に紡がれるような、音楽家が自宅で使っていそうなアンプですね。デザインも普遍性に溢れ、流行にとらわれないリファレンスの風格がありそうですしね。

    >文字で音を伝える
    これが最も難題で、もっとも取り組み甲斐のある命題ですね。「聴かなきゃわからん」と言い切るのは簡単ですが、仮に主観的であっても何かしらの足跡は刻んでおきたいですね。ワタシが色々な方の情報を上手く取り入れているように、我々の発信する情報も有効に活用して頂きたいと思います。あくまで参考程度で充分ですもの。その情報を吸収し、糧とするために日々アンテナを張っておくことは大事なことです。

    あくまで取捨選択するのは読み手であるので、ワタシは読み手の感性に委ねようと思いますw ボキャ貧のワタシが読み手の捉え方を考慮して書くと、一週間に一通書けるかどうか…(爆

    返信
  5. えるえむ

    >Falioさん
    コメントありがとうございます^^

    私は,「原音」とは厳密にはマイクの場所に人間が立っているとして聞こえる音を意味すると考えているのですが,Falioさんのお考えですと,エンジニアは,よりリアルに感じるように調整をして,生っぽいと感じられるよう積極的に音作りをすることになりますね。
    そういう考えももちろんありますし,アメリカのAbsoluteSoundの主筆はまさに現実の音と比較して原音再生を目指しているとおもうのですが,私の感覚では,それは個人個人の「生っぽい音」という嗜好と主観が基準となることになり,結局“私がリアルと感じる音が好きです”といっている事になるのかなと思っています。

    ちなみに,マイクの高性能化だけでは解決しないのが規格の壁ですね…。
    Falioさんがおっしゃるようにマイクが限りなく高性能化して生音を100%取れるようになったとします。
    ところが,デジタルで録音するの場合,0dBを超えると歪みが生じてしまう以上,たとえばグランカッサの音をコンプレッサー無しに100%取り込もうとすると,pppの音はほとんど雑音に埋もれてしまう比率が高くなってきます。
    実際にグランカッサを使用した曲を収録する場合には,コンプレッサーでグランカッサの音の頭をつぶす必要があるようです。
    音圧競争にさらされていないようにも思えるクラシックでも,コンプレッサーが不要ということはないということなのでしょう。

    返信
  6. えるえむ

    >hyroさん
    FMの音は確かにワイドレンジな感じはしないのですが,中域を中心とした密度感・音色のリアル感は特筆すべきかと思います。
    FMの音に演出がないとは思えませんが,すばらしい演出ですし,もうFMにすべてを委ねてしまおうと思える程の魅力を感じますね。FMの音は一度聴いておいて損はないですよ?。

    いちいち,「これは個人の主観に基づく(略)」とエントリに書くのもしんどいですし…(笑)。
    表現力の勉強になるかとおもってはじめたことなのですが,解像度や音場といった標準的なタームですら相互理解が難しい現状においては,やはり実際に会った際にすりあわせをするとよいですね。

    返信
  7. Falio

    どうもです。 ダミーヘッドマイクロフォン・・というのは概念的な話しです。

    >それは個人個人の「生っぽい音」という嗜好と主観が基準となることになり,結局“私がリアルと感じる音が好きです”といっている事になるのかなと思っています。

    そういう事になりますが、好きという部分には、音を出す本体に深いかかわりがある場合も多いと思います。 録音エンジニアでも、音を出す本体、演奏家や楽器、音楽そのものについて良く知っている人の方が良いものを作れる可能性が高いかなぁとも思います。

    FMはユーザフレンドリーで、音楽を楽しく聴かせてくれるアンプだと思いますね。 FM155はちっこくてカワイイ。 壊れやすいという噂が難点か?

    返信
  8. えるえむ

    >Falioさん
    オーディオに関するトークの大半は脳内での概念的空論であり,妄想と大差ない気もしますね(涙)。それでも楽しめてしまうところに,オーディオの魅力があるのでしょうか。

    その音楽の本質的部分により近づいている者のほうが「真実の音」に近づける,ということももちろんあるかもしれません。
    「好き」という言い回しを使いはしたものの,実は「原音再生」派には音的に好きではないけど正しいのだから良いのだというパターンも存在しうるので,やや誤解を招く表現でした。
    耳なじみが良いというか,違和感が少ないという言い方も考えられるのですが,それだと結局個人の主観の問題になってしまうので,大差ないような…。いい表現の仕方があるでしょうか…。

    「原音再生」にいう原音は事象として一つしかあり得ないわけですが,それを感得する主体は複数存在しており,切り取り方も千差万別,何を・誰を基準として「原音」が再現されたとするのか,掘り下げて考えているご意見等あれば拝聴したいものです。

    FMが壊れやすいかどうかは分かりませんが,少なくとも壊れたという話は良く聞きます。モジュールがどうしても壊れやすいようですね。

    返信
  9. ピンバック: えるえむ

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