オフ会・オフ会記について考えてみる1

closeこの記事は 10 年 5 ヶ月 11 日前に投稿されたものです。最近の記事内容との齟齬がある場合,リンク切れが頻発している場合がありますが,ご了承下さい。

 以前サイトを立ち上げた際の文章を見返してみると,オフ会記の細かさに改めて感心します(※)。我ながらよく書いたものです。今日は,オフ会記についてちょっと触れようかと思います。

 というか呆れます(笑)。

 さて,オフ会記をネットに公開してシステムをあれこれ批評することの賛否はずっと論じられているところです。
 もちろん,webという公的な場で,私的な空間であるはずの場所についてあれこれと主観に基づく感想を書き,あまつさえ課題や問題点を指摘するというのは,読み手によっては何様のつもりかという印象を与えるのも事実でしょう。
 この点について,私は,事前もしくは事後に少なくとも掲載することについての合意があれば,オフ会記で何を書こうが全く問題ないと考えますし,多くのオフ会記はそうした合意の元に成り立っているように思います。いちいち「許可を得ました」と書くのもいやらしい話ですし,ほとんどの場合,訪問記といったスタイルで自然な成り行きで掲載されているのが常です(※)。

 ちなみに,少なくとも拙サイトに関する限りにおいては,アクセス解析結果からみてオフ会記は人気コンテンツでしたし,場合によっては詳細なインプレを書いて欲しいと訪問先の方に頼まれた事もありました。

 オーディオマニアの多くは,システム構築自体をプライベートな趣味としつつも,システムの音・自分が作り出す音に関して個性と普遍性を両立させようとしているように思われます。それは,もっと(主観的に)よくしたい,「客観的」にレベルアップしたい,場合によっては人に褒められたい,といった様々な動機に由来するものです。
 ところが,人間は主観に充ち満ちた存在であり,超越論的視点を獲得することは容易ではありません。まず,自己の嗜好を他者と相対化させて理解することからはじめないといけませんが,これが既に難しいこともあります。ましてや,嗜好は個人個人で全く異なることを前提とすれば,平均的評価基準というのを自分の中に確立させることはさらに難しいと言えましょう。

 このように,自己のシステムを完全なる客観性をもって把握することはもはや神の領域であるといっても過言ではありません(笑)。私のような一般人では,とてもその領域までたどり着けないことは明らかでしょう。
 そこで,間主観的な一応の普遍性を獲得するためにはオフ会という手段が最も効果的だ,ということになるのです。主観と主観がぶつかり合い,解け合って,新たな視点・発想が生まれます。そこに超越論的な視点がわずかながらでも生じることで,さらなる飛躍の可能性が生まれるのではないか,このような希望にかけて,オフ会はいつもどこかで行われているのです。

 続きます。

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