音質評価とオーディオ観:4

closeこの記事は 7 年 7 ヶ月 6 日前に投稿されたものです。最近の記事内容との齟齬がある場合,リンク切れが頻発している場合がありますが,ご了承下さい。

 前回の続きです。最後に,私の立場を改めて表明しておきます。

▼私見
 私は,測定環境を持っているわけでもありませんし,正しい音を知っておくことは非常に有意義であることは認めますが,音の好みはどうしても意識してしまいますし,最終的には好みの音を楽しみたいと考えています。ですから,演繹的オーディオ観をベースとします。

 もっとも,合理的・効率的にいい音に出会うために,説得力のある主張を展開するブランドを優先的に選択することで,演繹的オーディオ観の非効率さを修正できればと考えています。多くの方も,まずは広告を見て,関心を持つブランドを見つけるわけで,私の立場はさして特異ではないことでしょう。

 なお,私はプラセボの類によるオーディオは全く構わないですが,何か超自然現象的なお札,シール,像の類は使いません。仮にプラセボ的によくなることがあったとしても,こうした超自然現象的なものについては自分で音質をコントロールすること(経験を基に意図した方向に変化させること)が出来なくなってしまうので,意識的に避けるようにしています。

▼まとめ
 4回に渡って色々と書いて参りましたが,私見をまとめておきますと
(1)個人による音質評価は完全に主観的である
(2)主観的に音質評価をする限り,正しい音ではなく好ましい音に向かう
(3)私にとっての変化は,私にとっては真実であるが,他人にとって真実である必要がない
(4)私の評価は,私にとっては真実であるが,他人にとっては真実である必要がない
(5)私にとって音質評価を述べる行為は,客観的にそのような音であると示す趣旨を一切含まない
ということになります。

 いかがでしたでしょうか。とっても長くなってしまいましたねw
 最後まで読んでいただいた方,大変ありがとうございました。