ジッターをどのように認識・把握すべきか

近年クロックジッターの音質に対する影響度が話題になってからというもの,外部マスタークロックジェネレーター(全てのデジタル機器をSlave動 作させるための機器)への注目度が飛躍的に高まりました。今でもマスタークロックジェネレーターによる音質改善は専門誌などでも良く取り上げられています し,私もPCオーディオにおいては必須のアイテムであると考えています。
問題は,こうしたマスタークロックジェネレーターの性能をどのように判断すればよいのか,ということです。

長期安定性の指標と短期安定性の指標がある

セシウムやルビジウムなどに代表される原子発振器と,水晶による水晶発振器では発振のための原理が異なりますが,発振の仕組みについてはここでは省略して,性能の指標をどう判断していくかについてご説明します。

ppmとpsってなんだ?

私も最初訳がわからなかったのですが,よく日本のオーディオブランドや媒体が話題にするppmという単位の数値と,海外のオーディオブランドや媒体が話題にするpsという単位の数値は全く異なる単位系であることに注意する必要があります。

  • ppmって?
    ppmというのはパーツ・パー・ミリオンの略で,百万分率のことです。つまり割合を表す単位です。
  • psって?
    psというのはピコセコンドの略で,一兆分の一秒のことです。つまり時間の長さを表す単位です。なお,ジッター値についてはnsという単位もたまに見かけますね。こちらはナノセコンドの略で,十億分の一秒のことです。1000ps=1nsとなります。

ppmを単位とする指標

  • 周波数偏差
    ある周波数で発振することを目的に作られた当該発振器が,実際にはある周波数からどの程度ずれた値で発振しているかを示すものです。
  • 長期周波数安定性
    ある周波数(たとえば10MHz)で発振する発振器が長期間(一般的には1年間)動作し続けた場合に,安定して発振を開始した時(一般的には3日目くらい?)からどの程度ずれた値(たとえば10.0000001MHz)で発振しているかを示すものです。

上記の二つは似ているようで異なります。
つまり,44.1kHzで発振する設計の発振器があるとして,これが実際には44.2kHzで安定的に発振した場合に,周波数偏差は44.2/44.1で求められるわけです。
これに対して,この発振器が安定的に44.2kHzで発振を開始してから1年経過した時点では44.3kHzで発振していた場合に,長期周波数安定性は44.3/44.2で求められるわけです。
これを音楽再生という観点からみてみると,周波数偏差は音楽再生のピッチが最初からどの程度ずれているかという問題となり,長期周波数安定性は1年間音楽を再生し続けた時に最初と最後でどの程度ピッチがずれたかという問題となります。
このように考えるとわかりやすくなりますが,極々短時間での時間軸の揺らぎというものが全くないと仮定するならば(ここ重要!),周波数偏差も長期周波数安定度も音楽鑑賞という観点では実質的にほとんど無意味な指標ということがおわかりいただけるのではないでしょうか。

もっとも,周波数偏差が低く長期周波数安定度が高い,いわゆるppmの値が低い発振器の場合,結果的にjitter値が低いという性質も持つことが多いため,ppmの値が低い発振器がジッター的観点でも優れているという主張も全く成り立たない話ではありません。

なぜ日本ではppmを単位系とする数値がオーディオにおける性能の指標として使われるようになったのかはわかりません。気をつけなければならないの は,発振器の使い道によっては,周波数偏差と長期周波数安定性こそが重要だという場合もあり,これらも発振器の性能を示す重要な指標であるということです。

psを単位とする指標

ジッターと言っても様々な種類がありますが,オーディオの場合に重要となりそうなのは,Time Interval Error(時間差ジッタ)とCycle-to-Cycle Jitter(周期ジッター),Pulse Width Jitter(パルス幅ジッター)の3種類ではないかと思われます。これらはpsを単位として表記されます。
これらは,ある時間を切り取ってクロック波形を解析した場合に,本来理論的に理想とされる波形から想定される基準クロックのタイミングと実際に発振器が出す波形から得られる基準クロックのタイミングとの相違がどの程度あるかをみるものです。
つまり,別の言い方をすれば,発振器が出す波形を時間軸方向(時間軸領域)で測定したというものということになります。

Time Interval Errorは理想クロックと比較したときの立ち上がりのずれを,Cycle-to-Cycle Jitterは波形の1周期を基準に理想クロックと比べてどの程度伸び縮みしているか,Pulse Width Jitterは理想クロックと比較して立ち上がりと立ち下がりにどのくらい時間がかかるか,を示したものです。これらを総合したものをTotal Jitterと呼びます。

各種ジッターの分類と概要,測定法などについて
○高速伝送路におけるジッタ評価、測定手法 – Agilent Technologies
http://jp.tm.agilent.com/tmo/mibu/adf/applications/jitter/jitter.shtml?cmpid=24936

ジッターの新たな測定方法

ここで,クロックがオーディオに及ぼす影響について,コンシューマオーディオ業界で言及される内容の変遷を振り返ってみましょう。

1期:DACとトラポとが専用のコネクタでクロック同期するシステムがSONYやDENONから販売されするが,一体型とほとんどかわらないので廃れる。
2期:Wadiaが高精度TCXOを搭載したことを売りにしたDACを販売し始め,クロックの品質という問題がマニアの間で認知され始める。
3期:dCSのプロ機がWordsyncすることによって劇的に音質改善するという話題が一部オーナーの間で注目される。
4期:dCSコンシューマ機に外部クロック入力が装備されることで,Wordsyncできることがハイエンド機のセールスポイントとされはじめる。
5期:ESOTERICが外部マスタークロック単体を製造販売するようになり,周波数偏差(ppm)が少ない=高音質とアピールし始める
6期:DENONから位相雑音が少ないことをアピールした製品が登場する。
7期:TADからクロックのc/nについて代表値を具体的に示したうえでPLLレスの同期システムを搭載した製品が登場する。

音質に影響があるのは長期安定性ではなく短期安定性

ppmを単位とする指標は直接役に立たなそうだということは既にご納得頂けたと思いますが,ではpsを単位とするジッター値の測定から原因を探るの は簡単なのか,といわれると非常に難しいといわざるを得ません。なぜなら,矩形波の形状からジッターを構成するノイズ成分が何に由来するのかを判断するの が非常に難しいからです。

そこで近年注目されているのが位相雑音(C/N)です。位相雑音(c/n)とは,発振器から出力される信号に基準としたい周波数以外の成分がどの程度含まれているかを示すものです。2009年の音展ではTADが発振器のc/n値を初めてメーカーとして発表しました。結果,一気にこの指標の知名度が高まった といえましょう。

これまで紹介してきたジッター値は,発振器の出力波形を時間軸領域で解析したものであると説明しました。これに対して,位相雑音(c/n)は発振器の出力波形 を周波数領域で解析した物といえます。元来,ジッター値の測定は極々短い時間を切り取って,ピコセコンドレベルでの解析だったわけですが,位相雑音の測定 はそれにもまして時間が短く,ある一瞬のクロックの波形を取り出して周波数成分として見たものといえます。
発振器の出力波形を周波数成分として見ることの重要性は,発振器そのものが持つノイズ成分,発振器が動作する機器に由来するノイズ成分を分けて見ることが出来る点にあります。
つまり,測定器上では現れないノイズ成分が機器に組み込んだ時点で現れるのであれば,何かしらのノイズが発振器に回り込んで,出力波形を汚しているという ことがわかりますし,機器に組み込んだ発振器からの出力では現れないノイズがDACチップで使用するI2S伝送のクロック信号で現れるのであれば,クロッ ク信号を引き回すうちにノイズ成分に汚染されたということがわかります。
また,そのノイズ成分がどのような特徴を持っているかを見れば,それが電源由来か,EMIノイズ由来かといったこともある程度予想がつくことでしょう。

数値だけで判断する危険性

今一番危惧されるのは,発振器やジェネレーターの品質というのは全て数値化できてしまう (ように思える)点ではないかと思います。100ppmより10ppmのほうが良いと誰でも思うように,100psより10psがいいと誰でも思うでしょ う(真空管などはノイズが心地よいのだという話もありますがクロックではまず当てはまらないでしょう)。
しかし,測定方法・測定箇所によってps値はいくらでも変わります。まずジッターと言っても様々な種類があり,どのジッター値を測定して○○psとしているのかという問題があります。次に,発振器自体のカタログデータなのか,デジタル出力端子のカタログデータなのか,DAC-IC直前のCLKの値なのかといった問題もあります。さらには,測定環境がどのようなものなのか,どこの測定器をどういう環境で使ってのデータなのか,という問題もあるわけです。

そもそも測定器を持ってないところもある

そうであるならば,クロック品質を考える上ではこうしたノイズを直接的に測定する機器と環境が必須といえ,その点でガレージメーカーは測定環境を用意できない時点で厳しいと言わざるを得ない面もあります。
特に,海外製のプロオーディオ系マスタークロックジェネレーターは実際にアラン分散を測定してみるとプアな性能であるケースもあり,中小のメーカー自体が 測定器を使って理詰めで測定しているかどうかは怪しい部分もあります。代理店は当然測定器を持っているわけではありませんから,当然その個体が正常かどう かもわかりかねるわけで,ピュアオーディオ用途でクロックをわざわざ購入する層が求めるレベルのサポートは実質期待出来ないわけです。

プロ機だから良いともいえない現実

そもそも,プロオー ディオ系マスタークロックジェネレーターの本来の目的は,あらゆる機器がそれでWordsyncすることができるという点にあり,使い勝手がよいというこ とが第一であるように思われます。だから多機能であることがセールスポイントとして第一に登場するのです。その意味で,機能がきちんと使えて Wordsyncが成功するかどうか,という点に限れば,代理店の存在意義は十分にあると言えるのですが…。
ですから,プロ機はプロが使っているから高性能だ,といった循環論法みたいなものはクロックにおいては全く説得力がないことに注意する必要があります。ここでも「音が好ましい→高性能」という命題は偽であることを意識すべきではないでしょうか。

以上のように,最近のオーディオ業界のトレンドとしては,ppmを単位とする周波数偏差や長期周波数安定性を根拠とするよりも,psを単位とする各種ジッターそのものの値を参照する方が適切であるといえます。また,特に位相雑音(c/n),psを単位とするアラン分散の値のほうがデジタルオーディオ用途でのクロックの品質の指標として適切ではないかという指摘が近年有力であるといえるでしょう。

というわけで,今後のマスタークロックジェネレーター開発競争においては,位相雑音のプロットを品質の最低限の保障として表示するトレンドが生まれてくればベストであると考えています。もっとも,スピーカーの周波数特性プロットすら掲載しないのに,そんなこと期待できるのかなぁ…という気がしますし,あまり明るい展望ではないでしょうね。